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“Report” FromASAHI 第24回
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2010.01.30 "Report"from Asahi

"Report" FromASAHI 第24回

"Report"FromASAHI No.23

「ブンデスヴェア(ドイツ連邦軍)」

 

 7月なのに、肌をなでる風がとても涼しい。ドイツ連邦軍改革の取材でベルリンにやってきた。

 ドイツと日本の共通項。誰でも思い浮かぶのは、第二次世界大戦の敗戦国という史実だ。東西統一から10年以上を経過した今でも、あちこちにその歴史を垣間見ることができる。

 ヒトラーが焼き討ちにした旧帝国議会は、99年の首都移転に伴い、焼け落ちた建物中央部をガラス張りのドーム構造にした連邦議会議事堂として蘇っていた。議事堂前には、赤地に白く染め抜いた十字の旗が翻る建物がひとつ。「はて、なぜスイス大使館だけがここに?」と通訳に聞くと、「永世中立なので、この建物だけが爆撃を免れたんです」という。

 ブランデンブルグ門につながるウンターデンリンデン通り。威容を誇るロシア大使館の前庭が覗けた。綺麗に刈り込まれた芝生のなかで一点、円形に花が植えられた場所がある。

 「変わったデザインだなあ」と不思議そうな顔をしていると、やはり通訳氏が「ああ、そこは東西統一までレーニンの胸像が飾ってあったんですよ」と教えてくれた。

 そんな歴史を背負ったドイツ連邦軍だが、自衛隊と決定的に違う点がひとつある。徴兵制だ。

 ドイツ連邦軍は57年以降、一貫して徴兵制を敷いて来た。志願兵による戦前の軍はナチスの台頭には対応できなかった。国民が広く兵役を経験し、軍の暴走を抑えるという考え方が背景にある。軍人は「制服を着た市民」なのだという。統一時に東西合わせて約67万人もいたドイツ軍人は今や30万人足らず。徴兵制の意味が薄らぐなか、それでもドイツ国内では徴兵制を守ろうという意見が根強い。

 

 連邦議会に議員の一人はこう言った。「どの国会議員の選挙区にも徴兵された人や家族がいる。国会議員は簡単に国外派遣や戦闘への参加を決めるわけにはいかなくなる」

 日本にも戦後、徴兵制復活を唱えた人たちがいた。ただ、その肌合いは大分違う。復古調の主張がいかに多かったことか。そんな人たちの主張に乗るわけには行かないし、今さら日本の風土に徴兵制が似合うわけもない。

 ただひとつ、心配なこともある。日本では自衛隊と一般の人たちの距離があまりにも遠くなりすぎた。シビリアンコントロールとは、国民一人一人が軍事に関心を持ち、責任を持って論じることなのに、一部の官僚に任せておけば良いと誤解する人も少なくない。

 夜8時。支局で原稿を書き終えて街に出た。まだまだ外は明るい。支局長と一緒に近くのパブに入った。両端に椅子が約20脚ずつ並んだでっかい長机が10脚もあるだろうか。支局長が「ドイツのパブは、こういう長いテーブルにみんなでワイワイ座る場合が多いんだよ」と教えてくれた。

 他人に関心を払う文化。徴兵制もその延長なのかもしれない。隣に座ったサラリーマン氏が勧めてくれた、豚肉をメダル状に切った料理「メダリオン」はやっぱり美味しかった。外では遅い夕暮れが始まりかけていた。