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テレフォン説法第四十五号(昭和六十年五月)
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2012.02.23 テレフォン説法

テレフォン説法第四十五号(昭和六十年五月)

テレフォン説法 第四十五号(昭和六十年九月)

 

 テレフォン説法第四十五回をお送りします。

九月に入ると敬老の日がやってきます。

世界一の長寿国日本、長生きは、それ自体はまことに芽出度いことですが、裏から言えば老化するということ。

 生理的な老化現象は仏教でいう人生の四苦、生老病死の一つであって見れば、決して喜ぶべき事ではありません。さりとて、これから逃れるすべもないお互いです。

 肉体的には有限な人間が、精神的に死を超える道を見出すように、避けることの出来ない老化を、老衰にではなく、老成、老熟に導く叡智と努力もまた人間に与えられています。「美しく老いる」という言葉を耳にする昨今です。

 人生の一番いいところ35年を無我夢中で働き続け、そろそろ油が切れ歯車もガタつく頃になると、はい、ご苦労様でした―これを定年という。いや、定年とは年齢ではない。進歩が止まったときが定年であるという説もあります。しかし定年を超えて上級管理職として生き延びる人はホンの一部。この時点に於いて、人は深刻に「老い」を考え始めます。

 かつて日本占領軍の総司令官マッカーサー元帥の座右の銘に次の言葉があります。

 

「すぐれた想像力、逞しい意志、燃ゆる情熱、安易をふりすてる冒険心、こういう様相を"青春"という。年を重ねるだけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」

 

 まことにけんらん華麗にして躍動的な言葉であります。そのマッカーサー元帥が司令官の職を解任されたとき、「老兵死なず、ただ消え去るのみ」といって日本を去って行ったと言います。

 永遠の青春を希い(ねがい)つつも、老兵としての自覚を余儀なくされたところに、彼の悲劇があったともいえましょう。しかしそれは、大なり小なり万人に当てはまる事であるかもしれません。

 

 老化を老衰にではなく、老熟にむすびつける道は、一芸一能に秀でる事であります。人間国宝、無形文化財といわれる人々は、その多くが老人です。それらの人々は年と共に円熟して、才能や技術に益々ミガキをかけてゆきます。それは若い時から孜孜(しし)として一道に励み打ち込んできた人々です。

 これらの人にとって年輪を重ねることは、老成、円熟に通じる場合が多いのです。人間国宝ならずとも、その道の専門家になれば、自他ともに老いを感じなくて済むのではないでしょうか。

 

 女優の沢村貞子さんは言いました。

「どんなに美しい人でも、40の次は41、泣いても笑っても39には戻らない。絵を描くなら古びたカンバスを取り換えられる。しかし役者は自分の顔を破ることも捨てることも出来ない。修理はたいてい失敗する。結局、老けるに従ってその年齢の人になり切る技術を身につけること‐それが救いになる」と。

 

 体力がなければ智力で頑張ろう。自分に合った「これぞ生き甲斐」ということが、誰にも一つはある筈です。「私にはこれがある、生きていてよかった」と言える老人になりたいもの。

 お互いに美しく老いる為にも、また「恍惚の人」にならぬ為にも、今からでもいい、努め励んで、夕映えの老後を迎えたいものです。


昭和六十年五月の出来事

男女雇用機会均等法の成立

三菱炭鉱業 夕張鉱業所でガス爆発、62名亡くなる

コーセーが「雪美粧」を発売。以後ロングラン商品となる