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“Report” from Asahi No:30 「貧者の兵器」
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2012.04.11 "Report"from Asahi

"Report" from Asahi No:30 「貧者の兵器」

"Report" from asahi No:30 「貧者の兵器」

 (平成17年4月)

 2月下旬、パキスタンを訪れた。核兵器の問題を主に取材した。外相の同行取材で1997年夏に訪れて以来8年ぶりに、首都イスラマバードの空港に降り立った。

 8年前と同じホテルに泊まったが、街もホテルも疲れているように見えた。ホテルのバスタブの床は所々に傷がついて黒ずみ、外壁や調度品にも傷みが目立った。昨秋には、このホテルで爆発騒ぎもあった。当局は「電気ショートが原因」と説明しているが、民間では「レストランの男性客が置いていったパソコンが爆発した」という噂も流れた。このホテルを含め、大型ホテルのゲートには検問が設けられ、すべての車のボンネットとトランクが開けられ、タイヤに爆発物の検知器が当てられる光景が繰り返された。

 軍政を敷くムシャラフ大統領は元軍参謀長。いつもは車で30分ほど離れたラワルピンディ―の軍施設にこもり、必要に応じてイスラマバードの大統領府に、猛スピードで車列を飛ばしてやってくる。過去に2度、暗殺未遂事件があった。一度は彼の車が通り過ぎてわずか7秒後に、道路にしかけた爆弾が爆発した。車には米国が与えた「電波妨害装置」が積んであったという。暗殺犯は遠隔操縦で爆弾を爆発させようとしたが、この装置のためにうまく作動せず、未遂に終わったと関係者はみている。

 これほど、混乱し疲弊した社会の象徴のひとつが核兵器ではないか、と思う。

 「イスラム教徒の国をつくる」という理想のもと、パキスタンは47年、ヒンズー教徒が多数を占めるインドと袂をわかち、英領から分離独立した。以来、帰属がはっきりしないカシミール地方の領有を巡り、両者はずっとにらみ合ってきた。

 74年、インドが核実験に成功した。パキスタンの指導者は「草を食み、飢えてでもイスラム社会で初めての核兵器を持つ」と宣言し、核兵器作りにまい進した。98年にインドが2回目の核実験を行うと、数週間後に弾かれたように実験を行った。

 実に予算の7割を軍事に投入すると言われているパキスタンであればこそ、の選択だったのだろうか。

 パキスタンで会う人会う人すべての口から、「私たちは広島も長崎も知っている。でも、やむを得ない選択なのだと理解してほしい」と呪文のような言葉が流れてきた。そんな彼らも、インタビューの最後には「名前は出すな」と念を押していく。情報機関の目が光るなか、「本音は言えないのだ」という挨拶代りなのか、とさえ思った。

 建国以来、パキスタンはちょうど半々の歳月を、民政と軍政の下で過ごしてきた。民主政治が定着する様子はまだ見えない。

 04年2月に「個人の犯行だった」と「自白」した、パキスタン核開発の父、カーン博士。今、彼はイスラマバード市内の自宅に軟禁されている。自宅に車を停めただけで、政府の監視役が飛び出してくるという。迷ったが、結局行く勇気がなく、私はぐったりしてパキスタンを離れた。

 

朝日新聞社 牧野愛博