佐野新聞店
地域密着型の新聞店|沼津市の佐野新聞店
repot from asahi ②
Blog

  • Category

    カテゴリー


  • Archive

    アーカイブ

2007.04.04 "Report"from Asahi

repot from asahi ②

Report from asahi
 
No:2「平壌」・・・・前編
 
 私が北朝鮮のピョンヤンを訪れたのは、1997年11月。自民党の森善郎幹事長(当時)を団長とする与党3党(自民党、社民党、新党さきがけ)の訪朝団の同行取材だった。
 これまで20カ国以上の国を取材で訪れたが、北朝鮮は際立って「異質な国」だった。順安(スナン)空港上空からみた北朝鮮の大地は、エネルギー不足による森林伐採で赤茶けた大地が広がり、所々に擬装した高射砲が見えた。空港で売っているものといえば、花束だけ。「何のために」と聞くと、チマチョゴリ姿の女性が「北朝鮮を訪れる人はみな、金日成主席の銅像にお参りするのが決まり。そのために必要だから」と無表情に答えた。
 訪朝団の移動用車両は60年代に作られたベンツだった。誇り高い北朝鮮だが、国産車を作る力はない。北京で見た北朝鮮大使館の公用車もベンツだったが、日米韓の車を使わないのが、せめてものプライドなのだろうか。ほとんど対向車のない道を、古いベンツの車列は猛スピードで市街地へ向かった。たまに走っているのは、冬に備えたキムチの材料になる白菜を満載したおんぼろトラックぐらいだった。
 平壌は静かな町だった。「外国向けショーウィンドー都市」との寸評通り、きれいで、生活感のない町だった。「道路側には洗濯物は一切干してはいけない」という政令があるのを後で知った。こっそり、アパートの裏側をのぞくと、粗末な木の物干しに、これも粗末なシャツが干してあるのが見えた。
 宿泊先は、高麗(コリョ)ホテル。30階以という平壌で一番大きなツインタワー式ホテルだった。これより巨大なピラミッド型の柳京(ユギョ)ホテルは、建設途中に資金難から工事が中断。上階は無残なコンクリートの打ちっぱなしという状態で、その姿をさらしていた。
 今回の日朝首脳会談時と同様、ホテルの一室にプレスルームが設置され、取材を行った。あらかじめ、外務省から「通話は全て盗聴されているので、そのつもりで会話しろ」と注意を受けていた。案の定、通話中に雑音が入り、電圧が不安定な状態だった。四六時中、案内役という名目で監視員がつき、外出もできない状態だった。
 同僚と食事に行こうと、ホテル内の食堂に入ると、突然音楽が鳴り出した。電力難のため、必要なとき以外は節電しているようだった。「冷麺を」と頼むと、ボーイは「ラーメンしかない」。出てきたのは、日本のカップラーメンを皿に移したものだった。
 歓迎晩餐会に出席した。メニューは「えんどう豆ライス」「アンパン」「雉の缶詰肉のソテー」。「朝鮮式フランス料理だ」と誰かが冗談めかした。ふと見ると、北朝鮮側の出席者は会話もそこそこに、一生懸命食事をしていた。
 取材の最中、金日成の銅像を見に行った。私たちが到着したのを見計らったように、どこからともなく市民の一団が花束をもって現れ、参拝を始めた。これも図ったように、重々しい音楽が同時に流れた。
 金日成の遺体が冷凍保存されている場所にも行った。生前、金日成の執務室だった日本の国会議事堂ほどもある建物を、丸ごと記念宮殿に変えて遺体安置所にしてしまった。カメラを背広のポケットに忍ばせて、室内に入ろうとすると、北朝鮮の人間が飛んできてカメラを奪い取った。