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テレフォン説法第二回目
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2007.03.09 テレフォン説法

テレフォン説法第二回目

テレフォン説法第二回(昭和五十七年二月号)
 
テレフォン説法第二回をお送りします。
 
「この道より われを生かす道なし          
          この道を歩く」
武者小路実篤の言葉です。
 終戦後間もない頃でした。日本全体が生きること、食べることに汲々としていた当時、武者小路先生を沼津へお招きして、講演をして貰いました。そのとき書いていただいたのがこの言葉でした。
 「この道より われを生かす道なし この道を歩く」書き終わってから「この道を歩く」ではなく「この道を歩む」が正しいという人もあるんだがね―といわれました。文法的にはおかしいという事を百も承知の上で然も「歩く」と書く処が、武者さんらしいと思いました。
 人間には十人十色の生き方があります。百人百様の生きざまがあります。そして夫々の道を三十年、四十年営々と歩いてきて、五十才、六十才になると、もう自分の行きつく処もほぼ先が見えてきます。そうすると、ああ若い人はいい。無限の可能性がある。自分にもかつてああいう時代があった。あの時ももう少し頑張って置けばな―という反省が似た気持ちが湧いてきます。
 ナショナルの総帥である松下幸之助が、全財産を投げ打ってもいい、もう一度青年に戻りたい―といった言葉がわかるような気がします。
 ジャイアンツの長島もユニホームを脱ぎました。王も現役を退きました。カーターが破れレーガンが当選しました。芸能界のアイドル山口百恵も舞台を去りました。越路吹雪はこの世から去ってゆきました。
 華やかなスター達が消えて、夫々の世界で一つの時代が幕を降ろしつつあります。そうしたつるべ落としの変化の中で、われわれがスター達の思い出に浸っているとき、次の世代が足早に訪れようとしています。
 かつて日本占領軍の総司令官であったマッカーサー元帥の座右の銘に次の言葉があります。
 「すぐれた想像力、たくましい意思、燃える情熱、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春という。年を重ねるだけで人は老いない。理想を失うとき初めて甥が来る」まことに絢爛華麗にしてダイナミックな言葉です。そのマッカーサーが司令官の地位を解任されたとき、「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」といって日本を去って行ったといいます。
 永遠の青春を願いつつも、労へ意図しての自覚を余儀なくされたところに、枯れの悲劇があったともいえましょう。しかしそれは大なり小なり万人に当てはまることであるのかも知れません。
 今月の三日、文化の日には文化勲章受章者や文化功労者が発表されています。それらの人々が高令者であっても年令を感じさせません。年と共に益々円熟して才能や技術に磨きをかけてゆきます。それは若いときからシシとして一つの道へ全生命を打ち込んで、そこに生き甲斐を見出してきた人達であるからです。
 「ベテランは失業せず」と申します。その道の専門家になれば、自他ともに老いを感じなくて済むのではないでしょうか。
 「この道より われを生かす道なし この道を歩く」
 この言葉は一業に打ち込んだときの人間の不退轉(フタイテン)の決意を表すと共に、ベテランとしての自身のほどを示しているのかも知れません。どうもありがとうございました。

 この昭和57年の二月には、ホテルニュージャパンの火災、羽田沖の日本航空機墜落事故などがありました。また、女子プロゴルファーの岡本綾子選手がアメリカのLPGAツアーで初優勝しております。次回は昭和57年3月号をお送りします。