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テレフォン説法第七回目
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2007.11.07 テレフォン説法

テレフォン説法第七回目

「テレフォン説法第七号」
 
テレフォン説法第七回をお送りします。
 
人、見るもよし
   見ざるもよし
      われは咲くなり
           -武者小路さんの言葉です-
 
世間では、目あき千人、盲目千人、と言いますが、目あきと盲目が同じ数であっては世の中は進歩していきません。目あきの方が幾分か多いに違いありません。私は目あきが千二百人と踏んでいます。それなればこそ良心的な会社の方が繁栄していきます。世間大衆は、ちょっと見ると烏合の衆が多いように見えることもありますが、やはり静かに歴史が批判しています。つまり世間は見ているのです。世間はチャント知っています。
今日は確かにPRの時代です。しかし宣伝したからといって、ただそれだけで商売が繁昌するとは限りません。一番いい宣伝はお客が吹聴してくれることです。一度来た客が二度三度来てくれる、お客がお客を引っ張って来てくれることです。それを孔子は「桃李ものいわざれとも、下おのずから蹊をなす」と言っています。桃や李は決して自己宣伝をしないけれども、実が熟してくるとその樹の下に自然と人が集まってきて小道ができるというのです。実がなるというのは一朝一夕のわざではありません。春夏秋冬をくぐり抜け、暑さにも寒さにも耐えてきた結果であります。人が見ていようといまいと、そんな事には頓着無く黙々と一年間のいとなみを続けてきた結果であります。人が見ていようといまいと、そんな事には頓着無く黙々と一年間のいとなみを続けてきた結果であります。
ゴーイングマイウェイという言葉がありますが、自分には自分の行くべき道があります。もちろん、お互いは社会生活を営んでいるので他人の行き方が目に入り参考にすることもあるし、時にはうらやましく思うこともあります。
しかし結局のところ、自分はついに自分でしかありません、自分の進むべき道は自分ひとりにのみ開かれている。自分の天性、生まれ、環境、職業、こうしたものをよく見つめ、自分がどういう事に得意であるか何が好きかという事を考えてみると、他人のことに気をとらわれず自分ひとりに用意されていたような独自の道を突き進んでいくべきだと思います。そうは言っても、時によっては世間の人々が一向に自分の努力や成績を評価してくれない場合もあります。とかくそんな時は不平も出るし、くさってしまうこともあります。しかし長い目でこの人生を見ていると、結局世間はおろかではありません。世間の目は高いのです。ちゃんと自分の行動を仔細に注意してくれます。その事は裏から言えば、われわれは毎日世間から採点されて勤務評定されている訳です。今日只今を除いて私共の人生はありません。いま与えられているポストをしっかり守り通してこそ全体の歯車が回っているのです。人間には十人十色の天分が与えられています。その天分に添っていまの自分の仕事があり、このポストこそ一生の運命を決すべき一本勝負の場である事を自覚すべきです。
 経営学の最高の理念は「利益の社会的還元」だそうですが、人生の意味は「他人に与えること」つまり世間にお返しする事でありましょう。お互いの職業の意味は、その職域を通じて世間から受けている借金のお返しをする事です。お互い人間は「借り」の方が多くて、十分にお返しできていないのが実際ではないでしょうか。仏教ではこれを「衆生恩」と申します。社会大衆のご恩という事です。従って「職業とはその恩に報いる報恩の一つの形式」であると思います。そう受取ってこそ企業人にはてしない崇高な企業意欲がふるい興ってくるのではありますまいか。世間様から受けている「借り」を少しでもお返ししようとする高邁な精神に立って経営してこそ初めて「世間が知ってくれる」ような営業ぶりが出てくると思います。要は、使命感を持って己が任務に全力投球する事こそ、必要だと思います。
 
人、見るもよし
 見ざるもよし
   われは咲くなり
どうもありがとうございました。