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ReportFromAsahi 第五回目
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2007.09.19 "Report"from Asahi

ReportFromAsahi 第五回目

“Report”From Asahi 
No:4「宇宙人」
 
 三年前。ほぼ一年の間、毎朝・毎晩、私が通ったその家は、有名人や富豪の邸宅が多いことで知られる東京・田園調布の一角にあった。環状八号線から西へ折れ、車で三分ほど走ると簡易派出所(ポリスボックス)が左手に見えてくる。警察官が24時間警備する白亜の豪邸が、当時の民主党代表・鳩山由紀夫氏の自宅だった。
 夏は防虫スプレー、冬はカイロ。これが私たち「鳩山番」記者の必携品だった。鳩山氏は番記者を決して自宅に上げないことで有名だった。朝は彼が自宅を出て車に乗り込むまで、夜は車を降りて自宅に入るまでの数分間が、日参する番記者たちに許された取材(=立ち話)の時間だった。出発と帰宅の時間は秘密になっていた。朝は早ければ午前七時前に出発することもあるし、夜は遅いと午前一時を過ぎた。高級住宅街は森閑としていて、車の排気音にはすぐ苦情が出る。車のなかで涼や暖を取ることは許されず、夏はやぶ蚊を追い払いながら、冬は足を踏み鳴らしながら、自宅前の路上でひたすら彼を待った。
 「彼の気持ちをつかみたい」。取材源に肉薄するため、私も他の記者同様、一生懸命考えた。一番よいのは、鳩山氏に「他の記者より熱心」と思わせることだろう。鳩山番記者は新聞・テレビ合わせて15人ほどいたが、そのなかでも鳩山邸に日参する熱心な社は、私のほかに読売、日経、共同、NHKの4社だった。この4社は、平日の朝晩は必ず鳩山邸にやってくる。彼らを出し抜くために、いろいろやった。
 日曜の夜、鳩山氏がプライベートな日程を終えて帰宅するのを待った。「熱心だね。何もないよ」。素っ気無かった。
 携帯電話の番号を調べて、電話してみた。いつも留守電だった。
 鳩山氏が韓国を訪問することになった。「シメた!」。韓国なら知り合いも多い。いろいろアドバイスして近づこう!人脈も紹介した。他の記者に勘付かれないように、こっそり党幹部を通じて韓国で大ヒットした映画ビデオも貸した。訪韓後、しばらくしてもビデオが戻ってこない。婦人に尋ねたら、「頂いたと思って、知人にあげました」。ビデオはお詫びのお菓子と一緒に戻っては来たが・・・。
 ある朝、民法テレビ局で鳩山氏を待っていた。「他社と一緒に自宅でつかまえるより、テレビ局に入るときに話を聞いたほうが良い」。そう考えたからだ。ところが、出演時間になっても、彼はやってこない。「しまった。場所を間違えたか?」。焦りつつ、携帯ラジオでテレビの周波数を拾った。女子アナウンサーの明るい声が流れた。「今朝は、鳩山代表の自宅にお邪魔してます。どんな朝ごはんなんでしょうか」。あれほど、番記者を寄せ付けない自宅なのに。情けなくなった。
 政治部の新米だったころ、先輩記者からアドバイスをもらったことがある。「政治家にはパッとしない人もいる。しかし、彼らは自分の選挙区で何万票も獲得してきた人だ。人の心をつかむだけでも大したものだ。侮ってはいけない」。
 政治部に入って、「番」を務めた政治家は約10人。付き合った政治家は100人近い。確かにどの政治家も「意気に感ずる」というか、こちらが惹きこまれるものを持っていた。
 「宇宙人」「目が動かない」「お坊ちゃま」。鳩山氏に対する批判の言葉が多い。果たして、彼は人の心をつかむのに長けた人だったのだろうか。12月、同僚が書いた代表辞任の記事を読みながら、自分の苦い取材の思い出と一緒にそんなことを考えた。
 
 ※朝日新聞社はこの秋から冬にかけて、民主党の代表選、分裂騒ぎを克明に取材・報道してきました。政治家・政党の主張を伝えるのも当然ですが、政治家の個人的な性格や人となりも交えて報道することは、記事に深みや説得力を持たせるうえで重要なことです。朝日新聞ではこうした人くさいエピソードを、三面の「時事刻々」や政治面の「記者席」などで随時伝えています(平成十五年二月号)