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“report” fromASAHI第十三回
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2008.04.01 "Report"from Asahi

"report" fromASAHI第十三回

“Report”FromASAHI
No:12「6者協議」
 
 8月末、中国の北京で北朝鮮の核開発を巡る国際会議「6者協議」があった。日米韓中ロ朝の6カ国が参加したこの会議は、いつもの国際会議とはちょっと雰囲気が違っていた。
 
 国際会議や会談の場合、通常、出席した国ごとに記者会見が開かれ、会議や会談でのやり取りの説明がある。もちろん、自国に都合の悪い部分やまだ交渉途中の事項は隠そうとするから、すべてが明らかになるわけではない。それでも、「米国がこうこう発言した」「これに対して我が方(日本)はこうこう答えた」という説明がある。これが、よく新聞に「日米首脳会談要旨」と言った形で公開されることになる。韓国などは非常にマスコミ対応が良いというか、会談が終わってもいないのに、事前に相手国と打ち合わせた「会談要旨」を配ったりする場合がある。韓国ではマスコミの力が強いので、「原稿をゆっくり書きたいから事前に資料を渡せ」という要求が通るんだ、と知り合いの韓国人記者が教えてくれたことがある。
 
 もちろん、取材する側としては、「都合の悪い部分」も書きたいから、外交官が開催国で使う携帯電話をこっそり調べて夜中に電話したりもする。ホテルの部屋は厳重に警備されているケースが多いので、外国で取材先と二人きりになれるケースは少ない。電話が一番有効な取材方法で、私も相手がまだ外交交渉中なのにしつこく携帯に電話攻撃をした経験がある。
 
 6者協議はどうだったのだろうか。記者説明はほとんど木を鼻でくくったようなものだったし、個別取材に対する警戒も人一倍だった。外務省の課長と記者の間で、「これ以上言えない」「もうちょっと詳しく」などというやり取りが延々続き、記者泣かせの会議になった。
 
 原因の一つは、北朝鮮を刺激しないように、中国が参加国に対してかん口令を敷いたことだ。ただ、もっと根本的な理由は、やはり北朝鮮という国になるといえそうだ。6者協議に出席した日本外交官に話を聞いたら、「やはり異様というか異質な存在の国だった」と答えてくれた。
 
 彼に言わせると、国際会議は外交交渉だから、それなりに緊張はする。しかし、同じ価値観を持つ国どうしであれば、ざっくばらんな意見交換も可能だ。昔、サミットのシェルパ会合(首脳会談のお膳立てをする役人たちの会合。サミットという頂上を目指す政治家の道案内をするという意味でシェルパ会合と呼ぶ)に出たことがあるのだそうだが、言いたいことを自由に言う空気が漂っていて、6者協議なんかよりずっとリラックスできたと改めて懐かしく感じたそうだ。
 
 北朝鮮という国の代表がそこにいるだけで空気は一変する。今回も、どの国も原則論しか話さず、さながら「外交交渉」というより、「大演説大会」という模様だったそうだ。
 
 会議場のテーブルにしても、プライドの高い北朝鮮をどうやって納得させるか、席順で苦労したそうだ。73年、パリの国際会議場でベトナム戦争の和平協定が結ばれたことがあったが、そこでも席順で延々もめ、結局、丸いテーブルにして切り抜けたことがあった。そういうい冷戦時代の対立の残滓がまだ残っていることを、思い知らされるようなエピソードだった。
 
 もちろん、北朝鮮の人たちだって鬼や悪魔ではない。代表を務めた金永日外交次官もスタイリストで有名で、会議期間中、スーツをすべて着替えて出てきた。仏語と英語に堪能な外交官なんだそうだ。こうした人たちと腹を割った話ができる日が早く来ないものか。
 
 6者協議は、北朝鮮取材をしていていつも考える事を、改めて反芻させられる出来事だった。

朝日新聞社 牧野愛博
 

 この記事は平成十五年の十月号に掲載されたものです。6者協議を初めとした、北朝鮮問題は拉致をはじめとしてもう五年かそれ以上の時間が経ちました。多くの時事問題が出てくる中、少しでも頭に留め置きたいものです。当コラムがお役立ていただけると幸いです。