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テレフォン説法第十二回
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2008.03.11 テレフォン説法

テレフォン説法第十二回

テレフォン説法第十二回(昭和57年十二月)
 
 テレフォン説法第十二回をお送りします。今日は西鶴の言葉
 
 大晦日 定めなき世の 定哉(さだめかな)
 
今年もはや師走になりました。一年がアッという間に過ぎ去ってしまいます。あなたはこの一年間にどれだけの事をされましたか。どれほど自分に成長があったろうか。顧みてまた今年も悔い多き一年ではなかったろうか。或は実り多き年であったでしょうか。良くても悪くても、この一年は二度と再び戻ることはありません。しかも、すぐ新しい一年が来ようとしています。
 新年を迎えるに当って、この一年の功罪を反省し評価することが大切だと思います。それは、この一年を三十回繰り返すと人間の一代が終わるからです。少なくとも最も活躍できる期間は大体三十年です。そうして見れば一日たりとも無駄に過ごすわけには参りません。道元禅師は「光陰むなしく度る(わたる)勿れ、時光徒らに過すこと勿れ」と申しました。
 夕飯のあとコタツにあたり乍ら、面白いテレビドラマをつい一時間、二時間見てしまいます。その一時間、二時間は、私共の人生で永久に帰ってこない時間です。
 論語にこんな言葉があったように思います。
 「士 会わざること三日ならば 将に刮目して相待つべし」 立派な人というものは、三日目に会うと目を見張るほど進歩の跡が見受けられる―と言っております。いつまでも「呉下の阿蒙」であってはならないという事でしょう。もちろん人柄というものは、猫の目のように変わるものではありませんが、さりとて十年一日の如く何の変哲もない昔話に花を咲かせているようでは困りもの。先月あった時とはちがった新鮮味を持ちたいものです。
 それには絶えざる工夫と勉強が必要で、日に新たなる努力と実践がなくては、この激しい時代を乗り越えてゆくことは出来ません。
 人生に於ては、いつ何が起こるか一寸先は誰にも分かりませんが、ただ一つ確実に言えることは、地球上四十億の人間は一年一年歳をとって、人生の終着駅へ向って前進を続けていることだけは間違いありません。
 この頃のように国民の一割が六十五歳以上の人々で占められて来ると、今度はこの高齢化社会への対応が問題となってきます。「不老長寿」の妙薬を探し求めた始皇帝が日本の現状を見たら、どんな顔をするでしょうか。
 ともあれ来年は物と共に「心の豊かさ」を見出す年にしたいものです。我々はいま豊かな経済と物の洪水の中へドップリ漬かっております。それでいながら人間はなぜ苦しまなければならないのか。科学や医学の進歩のおかげで、肉体の痛み、苦しみは、薬によって和らげられるようになりました。しかし心の痛み・苦しみ・悩み・焦燥・嫉妬、それをいやす特効薬はありません。
 仏教では、人間の苦しみの因である煩悩が百八あると申します。それにちなんで除夜の鐘は百八回つくことになっています。紅白歌合戦が終わる頃、除夜の鐘がお耳に響くことでありましょう。来年は心の豊かなよい年をお迎えください。 どうもありがとうございました。