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テレフォン説法第十一回
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2008.02.02 テレフォン説法

テレフォン説法第十一回

テレフォン説法第十一回(昭和五十七年十一月)
 
 テレフォン説法第十一回目をお送りします。今日は幕末の儒者、佐藤一斎の言葉です。
 
 少く(わかく)して学べば 壮にして為すあり
 壮にして学べば 老いて衰えず
 老いて学べば 死して朽ちず
 
誠に感銘深い言葉であります。
 「少くして学べば壮にして為すあり」 若いときに一生懸命に勉強して、外国語の一つでもマスターして置けば、社会へ出てから活躍の舞台が広くなって、何事をするにも有利です。ところが結婚をして子供でも生れると、野望に燃えていた若者も、マイホーム主義に安住して、平凡なサラリーマンになってしまうきらいがあります。
 そこでもうひとフンバリして、「壮にして学べば老いて衰えず」人間老いて衰えるのは当然のこと。ところが「壮年にして学べば、老いても衰えない」と一斎は申します。
 ベテランは失業せずと言いますが、その道の専門家になれば、たとえ、定年でやめても世間はその人を打ち捨てては置きません。そうした、社会のために無くてはならぬ人に成る事が肝要です。孔子は「学ぶや禄のその中にあり」と申しました。
 人間国宝、無形文化財といわれる人には、高齢者が多いのですが、そういう人々は老いて衰えるどころか、年と共に技術や腕に益々磨きがかかって、円熟して参ります。
 こうした人の作品は作者の死後も光り輝いて生き続け、多くの人々に感銘を与えていきます。まさに「老いて学べば、死して朽ちず」であります。
 ましてや我々の人生は、自己表現の努力の場であります。学んでも学んでも、もうこれでいいと言う事はありません。「われ以外皆わが師なり」とは一世の文豪、吉川英治の言葉でありました。
 限りある人生に於いて、学ぶべきことは余りにも多く、然も(しかも)時間は刻々に過ぎ去っていきます。今日という日は二度ありません。一切は移り変る。それが諸行無常の姿です。
 時間と個人に当てはめれば、各自の生命のことです。人間の命は時計の秒針のように、刻々に動き流れて止ることがありません。まさに「光陰惜しむべし 時、人を待たず。」
 やり直しのきかないこの人生、又あまり永くは生きていられないお互いの生命であります。寸秒を惜しんで充実した人生を送りたいものです。
 昨今生涯教育が叫ばれている時、もういちど佐藤一斎の言葉を思い出してください。
 
少く(わかく)して学べば 壮にして為すあり
 壮にして学べば 老いて衰えず
 老いて学べば 死して朽ちず
 
どうもありがとうございました。