佐野新聞店
地域密着型の新聞店|沼津市の佐野新聞店
テレフォン説法第十九回
Blog

  • Category

    カテゴリー


  • Archive

    アーカイブ

2008.07.19 テレフォン説法

テレフォン説法第十九回

 テレフォン説法第十九回(昭和五十八年七月)
 
 テレフォン説法第十九回をお送りします。
梅雨が終って陽が照り始めると、もう厳しい暑さがやって参ります。じっとしていても汗がしたたり落ちるような時に思い出すのがこの言葉です。
 
 安禅は必ずしも山水を須(もち)いず
 心頭滅却すれば火おのずから涼し
 
 武田信玄は快川和尚を心の師として、塩山にある恵林寺(えりんじ)に迎えて師事して居りました。武田家を亡ぼした織田信長は、この快川和尚の徳を慕って、礼を尽くして迎えましたが、和尚は頑として応じませんでした。
 自尊心を傷つけられた信長は心中穏やかでありません。その時、仇敵である佐々木義弼(よしすけ)が恵林寺にかくまわれたことが解り、信長の怒りはついに爆発しました。命を受けた一軍の兵は恵林寺を囲み、一山の僧を山門の楼上へ追い上げて、下へ薪を積んで火を放ちました。山門は炎と黒煙につつまれて燃え始めました。快川は粛然として楼上に端座する僧たちに向って申しました。「おのおの方、いよいよ最期である。各自『末期の偈(ケツ)』を述べよ」末期の偈というのは、人生の終わり、死に臨んでその心境を漢詩に托して述べることです。弟子達が一わたり述べ終わると、最期に快川和尚が末期の偈を述べました。
 
安禅は必ずしも山水を須(もち)いず
 心頭滅却すれば火おのずから涼し
 
この偈を述べ終わったとき、紅蓮の炎は快川和尚の墨染の袖をこがして居りました。かくして一山の僧は悉く(ことごとく)信長の業火によって楼門と共に焼け落ちていきました。
 
安禅は必ずしも山水を須いず
 
安らかな座禅をするには必ずしも山紫水明の静かな環境を必要としない。心頭滅却し無心無我の境地に到れば、火おのずから涼し。世間では「火もまた涼し」と申しますが、正しくは「火おのずから涼し」であります。
 果たして焼き殺されるとき、火を涼しいと感じたか否かは別として、私どもが自分の好きな事に無我夢中に打ち込んでいるとき、案外熱さ寒さをそれほどに感じないのは、誰しも経験するところです。
 寒時寒殺、熱時熱殺という禅語があります。弟子が洞山和尚に尋ねました。「暑さ寒さがやってきた時、それをどう回避したらよいでしょうか」洞山は言った「どうして暑さ寒さのない処へ行かないのだ」「それでは暑さ寒さのない処とはどんな処ですか」洞山いわく「暑い時はお前自身、徹底して暑いになりきれ、寒い時はお前自身、徹底して寒いになり切ることだ」まさに寒時寒殺、熱時熱殺であります。
 暑いといっては涼しい処へ逃げ出し、寒いといっては温暖の地へ逃げ出す。それが果たして人間を磨くことになるでしょうか。
 暑い時は暑いがよろしく候。寒い時は寒いがよろしく候。寒時寒殺、熱時熱殺で環境を克服してゆく意欲こそ尊いと思います。
 
安禅は必ずしも山水を須(もち)いず
 心頭滅却すれば火おのずから涼し
 
今日は快川和尚の「末期の偈」をご紹介申し上げました