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“Report”From Asahi第十六回
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2008.06.24 "Report"from Asahi

"Report"From Asahi第十六回

“Report” From ASAHI No:15「潜水艦」
 
先日、広島の呉から神戸まで、2泊3日で海上自衛隊の潜水艦に乗せていただいた。四国をぐるっと時計の反対回りに一周した。
「過酷で日の当らない任務」とでも表現したら良いのだろうか。それが私の印象だった。
艦は三層構造になっており、一番上が士官室や発令所、二番目に魚雷の発射室や一般の乗組員の居住区、一番下に蓄電池という構造。ここに75人の乗組員が生活する。私は士官室の一室をあてがわれたが、そこは3畳くらいの場所に小さな収納式の机と椅子、ロッカー、三段ベットだけの空間だった。一番上のベットに寝たが、とにかく狭い。高さは1mもないので、体をよじって潜り込む。横幅も肩幅ぐらいしかなく、艦が揺れると鉄柵に体が押し付けられて何度も目が覚めた。風呂はシャワーだけ。今回は2泊3日だったから制限はなかったが、長い訓練になると10日もシャワー禁止 になる。
あまりに狭いから、発令所のなかに艦長席という立派な椅子は見当たらない。艦長は自分が指揮を取るときはパイプ椅子を並べて座るのだという。
食事。彼らは24時間体制で仕事をするため、昼食と夕食の間に中間食を挟んで一日4食が出るが、主菜の皿とご飯茶碗と汁碗のみ。狭いから護衛艦のようなビュッフェスタイルも採れない。メニューはチキンカツ、天ぷらそば、散らし寿司など、それなりにバラエティーに富んでいたが、豪華というには程遠い。飲酒は一切禁止だから、食べるのもとにかく早い。5分くらいで黙々と食べて、次の当直と交代する。
潜水艦の圧倒的な攻撃力の源は奇襲攻撃だから、特に隠密性が求められる。普段からの教育が大事と、ドアには「音を立てて閉めるな」の表示。カーテンをかませて音が出ないようにしてある。娯楽でトランプは可だが、マージャンは音が出るから禁止。音楽やビデオも必ずヘッドホンをつけることが義務付けされる。
日本は原子力潜水艦を持たない方針だから、今の潜水艦は電池とディーゼルエンジンで動く。水中では電池で動くが、バッテリーが切れれば、ディーゼルエンジンを動かして蓄電しなければばらない。空気が必要だから、浮上して吸気する必要がある。でも、その時上空に敵がいたら?ひたすら潜ってぎりぎりまで我慢することになる。そんな訓練もある。二酸化炭素の濃度があがり、頭はボーっとしてくる。ひたすら体を横たえるなどして我慢するのだという。日光の当らない生活だから、昼と夜の判断は白色灯と赤色灯を付け替えることで表現して、体内リズムの維持に努める。
「我々の部隊は、変わらない部隊なのです」と幹部が言った。冷戦崩壊後、自衛隊は「存在する部隊」から「活動する部隊」に変わったと言われる。阪神大震災などの災害、PKO活動、不審船対応などでの活動ぶりは周知のとおりだ。
自衛隊の活動が良いか悪いかは別にして、少なくとも活動すれば、世間の評価の対象になる。しかし、潜水艦にそんな場は与えられない。潜水艦一隻がいれば、世界に冠たる米第七艦隊も行動が10日は遅れるといわれる。そんなすさまじい攻撃力から、彼らが行動するときは、まさに戦時しか想定されていない。
「私たちが出て行くようではおしまいだ。そう考えて行動しています」と30代半ばの幹部は慎重に言葉を選びながら、そう語った。
家族にすら満足に自分たちの行動を教えられない潜水艦乗組員たち。携帯電話も通じない海中で、汗と油にまみれて働く彼らを見ながら、自衛隊の別の側面を見た思いがした。
潜水艦を降りた日の夜。東京に戻って仕事をしていると、メールが一通届いた。あの若い士官からの便りだった。艦が神戸港に着いたその日、奥さんが出産したのだそうだ。もちろん、彼は出産には立ち会うことは出来なかった。嬉しさを込めたメールを読みながら、せめて、自衛隊のことを一生懸命考えて、一生懸命記事にしようと考えた

朝日新聞社 牧野愛博