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テレフォン説法第十五回
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2008.04.14 テレフォン説法

テレフォン説法第十五回

テレフォン説法第十五回(昭和五十八年三月)
 
真楽寺のテレフォン説法第十五回をお送りします。今日は法句経の一節。
 
勝つ者 怨を招かん 敗れし者 苦しみて臥す。
されど勝敗の二つを捨てて 心しずかなる人は 起居(おきふし)ともに幸せなり
 
NHKの大河ドラマ「徳川家康」が始まりました。家康の言葉で一番よく知られているのが次の名言です。
「人の一生は重荷を負って、遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば、困窮したる時を思うべし。堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え。勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害(わざわい)その身に至る。己を責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。」
これは家康七十五年の生涯の決算書のようなものです。更にこの遺訓の終りには和歌がついています。
 人はただ身のほどを知れ草の葉の
      露も重きは落つるものかな
ここまでくると余りにもよく出来すぎていて後世だれかが作ったものではないか―。という感じがしないでもありませんが、何にしても家康にふさわしい格言であることは確かです。
今回のNHK大河ドラマの渋谷プロデューサーはこう言っています。
「日本史の上で家康ほど誤解されている人も少ない。意外と思うかもしれないが、家康には強い平和への志向があった。戦国の論理では、統一がなされなければ平和は訪れないのだから、戦争は天下統一のための生みの苦しみだという視点がある。しかし家康はいたずらに戦いをして天下を求めていたのではない」と渋谷さんは言っています。
勿論、戦国の武将として天下を求めなかった訳ではないでしょうが、むしろ天下が向こうから転がり込んでくるような方策をとった処に、読みの深さと忍耐があったのかも知れません。
先の遺訓の中に「勝つことばかり知りて、負けることを知らざれば、害その身に至る」という言葉があります。これは彼が若かりし頃、人質となって長い間苦労したことが大きく影響しているのでしょう。狸オヤジといわれるほどの知恵者ですから、同じ勝つにも大義名分を立て、相手に戦の因を作らせるように仕組んだこともあったようです。
法句経では「勝つ者 怨を招かん 敗れし者 苦しみて臥す」と表現しています。まことに実感のこもった言葉です。それは釈迦が敗戦国の国民としての悲哀を味わっているからです。
釈迦は北印度の小国、マガダ国の王子として生れました。隣の強大なコーサラ国によって釈迦族の国は滅ぼされてしまいます。コーサラ国が勝利のうま酒に酔っていたとき「負けたる者 苦しみて臥す」敗けた者は悶々として夜もねむれぬ苦しみを味わうと共に、勝利者への怨みの声が流れていたことを知っています。「勝つことばかり知りて、敗けることを知らざれば、害その身に至る」という言葉は彼が苦労人であった事を裏付けています。
更に家康は自分の死が近づくと、江戸にいる将軍秀忠を駿府城に呼んで、最後の訓戒を与えました。
「我が命、旦夕に迫るといえども、将軍斯くおわしませば天下のこと心安し。されども将軍の政道その理にかなわず、億兆の民、艱難(かんなん)することもあらんには、誰にてもその任に変わるべし。天下は一人の天下に非ず、天下は天下の天下なり。たとえ他人、天下の政務をとりたりとも、四海安穏にして万人その仁恵を蒙らば、もとより家康が本意にして、いささかも怨に思うことなし」
ここに示された「天下は一人の天下に非ず。天下は天下の天下なり」(六韜(リクトウ))の言葉は、アメリカ大統領リンカーンの言った「人民の人民による人民の為の人民の政治」を思い出させますが、リンカーンに先立つこと二百五十年、駿府城に於いて家康がこの名言をのこしている事には驚かざるを得ません。