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テレフォン説法第26回
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2009.02.25 テレフォン説法

テレフォン説法第26回

テレフォン説法第二十六号 (昭和五十九年二月)
 
 テレフォン説法第二十六回をお送りします。
 
 今日は比叡山延暦寺を開いた伝教大師最澄の言葉、「道心の中に衣食(えじき)あり、衣食の中に道心なし」
 伝教大師が比叡山に延暦寺を建立した素晴らしいエネルギーは、桓武天皇の厚い帰依を得て、比叡山は寺であると同時に、日本仏教の最高学府でありました。
 従ってここには天下の秀才がキラ星の如く集まってきました。かくしてこの比叡山から鎌倉期の仏教のすべてが、その源を発することになります。法然も親鸞も日蓮も、道元栄西の禅僧たちも、一度はこの山で修行をした人々です。次の時代の思想界はすべて比叡山延暦寺をルーツとして花をひらくことになりました。
 
 最澄は晩年になって、弟子達に申しました。
 「我がために仏を作る勿れ(なかれ)。我がために経を写す勿れ。我が志を述べよ。道心の中に衣食あり。衣食の中に道心なし」
 自分が死んでも私のために仏像を作って、拝むようなことをするな。私を供養するために写経などするな。そんな時間があったら、「わが志をのべよ」 今で言えば亡き社長のあとを受けついだ者は、前社長の創業の精神を受けついで、実践してゆくことが大切だということでありましょう。
 「道心の中に衣食あり」 命がけになって道を求め努力すれば、衣食はおのづから恵まれるものだ。しかし衣食の足りている人間、必しも道心のある人ではない。
まことに透徹した論旨であります。
 
 論語の著者は「学ぶや禄その中にあり」と申しました。勉強して一芸一能に秀でれば、おのづからサラリーがついてくる。「ベテランは失業せず」であります。
 お互いの職業というものは、目先のところでは、毎日三度三度の生活の資を得るためのように見えますが、実際はその仕事を通じて社会のお役に立つという使命感が無ければ事業も発展しないし、人生の大はなしとげられません。自分が毎日の仕事に真剣に取り組んでいれば、仕事の方からわれわれの人格を磨いてくれるものです。
 
 「眼(まなこ)あきらかなるときは、途にふれて皆たからなり」と弘法大師空海は申します。こちらに求める気があれば、見るもの聞くものすべてが宝であります。「われ以外みな我が師なり」と言ったのは作家の吉川英治でありました。
 
 日本経済が高度成長の時代には、値段相応の機能をもった商品であれば売れました。ところが今や、ユーザーが求めるものは「満足」できる商品を飛び越えて、「感動」するようなものを求めていると言われます。
 大変な時代になりました。食うか食われるか激動のとき。情報過多。不透明の時代。アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪をひく。なんのかんのと言われるが、結局は自分自身の問題ではないのか。
 人生は永い永いマラソンです。所詮己に克つことによって競争に勝つ。その時にあたって、もう一度この伝教大師最澄のことばを思い出してください。
 
 道心の中に衣食あり
             衣食のなかに道心なし