佐野新聞店
地域密着型の新聞店|沼津市の佐野新聞店
テレフォン説法第二十五回
Blog

  • Category

    カテゴリー


  • Archive

    アーカイブ

2009.01.17 テレフォン説法

テレフォン説法第二十五回

新年明けましておめでとうございます。とは申しましても、既に17日、ご挨拶が遅れたことをお詫び申し上げます。

去年一年はどのような一年でしたでしょうか?今年の初めのテレフォン説法は、昭和59年の一月号です。

この年は、前年よりも成長が見込まれ、この後のバブル景気に繋がってゆく上り調子の年でありました。

昭和59年というと、随分と前にも感じます。そんな時代のテレフォン説法を読みながら、ふと去年はどうだったかな、その前は・・・と少し振り返るのも良いことだと思います。

温故知新という言葉もありますが、昔のことや経験をなくして前に進むことはできないと思います。是非、そういったことに今年のテレフォン説法アーカイブスを活かしていただけると幸いです。

本年も宜しくお願い致します。それでは続きをどうぞ・・・



 テレフォン説法第二十五回(昭和五十九年一月)
 
 明けましておめでとうございます。
 
 テレフォン説法第二十五回をお送りします。
 いよいよ、昭和59年がスタートしました。昨年は国の内外でショッキングな事が沢山ありましたが、国内では衆議院の総選挙で年を越しました。国外ではノーベル平和賞に輝いたポーランドのワレサ氏は、受賞式に夫人が代理で出席して事なきを得ました。
 物の足りないポーランドでは生活物資を買うための行列が、雪の中で延々と続いています。緯度ではカムチャッカ半島くらい。その寒さの中で列をつくって食料を買うポーランド国民のみじめさを思わずに居られません。
 それに引かえ、日本は誠に豊かな国です。先年、台湾へ行ったところ、台北の目抜き通りの大きな広告塔に、「筵の上に居ることを忘れるな」と書いてありました。全く忘れていた「臥薪嘗胆」という言葉が、ここで生きているのに驚きました。それほど日本は太平です。良い状態が永続きするのは誰しも願う処ですが、これは大変むずかしい事です。
 評論家の扇谷正造さんが言いました。
 ニューヨーク・タイムスの社員が定年でやめるとき「自分はタイムスの存続のために生涯をささげた」と言い、新入社員は「タイムスの存続のために働く」と言う。両者とも「存続のために」という言葉を使っています。
 現在一つの企業を存続させてゆくことのむつかしさは言うまでもない。タイムスの社員は「コンティニュイティ」といっている。仮に「存続」と訳したが、最もふさわしいのは「灯々無尽(とうとうむじん)」と訳すべきである―と扇谷さんは申します。灯は「ともしび」 これを二つ重ねて灯々。無尽は「尽きることなし」
 この「灯々無尽」の語は維摩経の「無尽灯」という言葉から生まれています。 
 
 一人の法をもって 百千の人を開導し
 展転(てんでん)して尽きざること
 一灯をもって 百千灯を燃す(ともす)が如し
 冥き(くらき)者みな明かなり 明ついに尽きず
 
一人が釈迦のおしえを聞いて他の人に伝えると、それは次々にひろまって、いつまでも尽きない。それは丁度、一つの灯が百千の灯にひろがるようなものだ―という意味です。
 神奈川県の長洲知事はこう言います。
 「いくら赤々と燃えていても、一本のローソクはやがて燃えつきて消える。しかしその一本のローソクでも、次のローソクからまた次へと、次々に灯をともし続けてゆけば尽きることはない。永久に無尽である。
 人間は生まれ、育ち、友をもち、子を生み育て、やがて年をとってゆく。これは誰でも避けられませんが、こうして生命の灯は縦に横に広がり、光り続けます。自分が親や友達先輩から受け継いだ灯は、だれかの心に点じたい。身近の何人かに伝えたい。かくしてみんながお互いに灯々無尽の願いを込めて生きる世の中を作りたい」と
 この「灯々無尽」は何もニューヨークタイムスだけのものではなく、商店においても、企業においても、更に一つの民族についても言えることであります。
 要は自分が引き継いだ一灯を、不確実性の時代といわれる現代に於いて、どのように生かし、そして次の世代に伝えてゆくか。その方法と内容の問題でしょう。