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“Report” from asahi No:21 「大勲位」
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2009.07.19 "Report"from Asahi

"Report" from asahi No:21 「大勲位」

"Report"FromASAHI No:21「大勲位」

 

 5月(当号は平成十六年発行)、中曽根康弘元首相を訪ねた。82年から首相を5年にわたり務め、レーガン大統領との「ロン・ヤス関係」や「不沈空母発言」などはあまりにも有名だ。戦後の「日米同盟」路線を形づくった人と形容できるかもしれない。

 中曽根氏の永田町での通り名は「大勲位」。中曽根氏は97年、叙勲の最高位である大勲位菊花大綬章に選ばれた。「死んだら天皇と同じ扱い」という寸評もある由緒ある位で、生前に受賞するのは当時、吉田茂、佐藤栄作両氏についで戦後3人目だった。理由は、吉田元首相が「日本の国際復帰」、佐藤元首相は「沖縄復帰の実現」だった。

 そんな中曽根氏と97年以来、7年ぶりに会った。

 取材で色々なことを聞いたが、舌を巻いたのは86という年齢を感じさせない明晰な頭の回転と豊かな知識だった。

 一番面白かったのは、83年初め、戦後の首相として初めての公式訪問となった韓国訪問の裏話だった。中曽根氏は首相就任時に韓国大統領にかけた電話の内容、元大本営参謀の瀬島龍三氏を使った訪韓準備の模様、韓国大統領府での挨拶の内容など、まるで昨日の出来事のように語った。

 永田町では、首相経験者を取材する際に、よく「総理」と呼びかけることがある。周囲の人間が気を遣って、首相を退いた後もも、「総理」「総理」と呼びかけるためで、中曽根氏の場合も、やはり「総理」と呼びかけた。

 中曽根氏自身も、まだまだ気分は現役のようで、話の途中で小泉首相が話題になると、盛んに「小泉君」と言う。

 ただ、それでも、中曽根氏の場合は妙にそれが型にはまる。多分、主張の裏側に、自分なりのきちんとした政策ビジョンや経験、人脈があるので、説得力が生まれるのだろう。絶叫して、雰囲気で押し通す小泉氏と比べると、重厚感が漂うのも無理はない。

 中曽根氏が首相に就任した当時、朝日新聞は「田中曽根内閣」と猛烈に批判した。中曽根氏が戦後、一貫して唱えてきた「自主憲法」路線と一線を画してきた。あれから20年。当時は非常に好戦的な言葉として使われた「日米同盟」を、今では政治家が当たり前のように使う。中曽根氏がきっかけを作った自衛隊の海外派遣も珍しくなくなった。

 朝日新聞も、こうして中曽根氏の持論を大きなスペースを割いて紹介するようになった。ただ、それは朝日新聞が中曽根氏の主張と同じになったということではない。社会の流れが、中曽根氏と正面から議論する必要性を生んだからだと思う。

 それにしても。今回、私は「充実した取材だった」思った。示唆に富み、勉強になる話がたくさん聞けたからだ。永田町に、こうした満足感を与えてくれる政治家は、「大勲位」が嘆くように、本当に少ない。

 

朝日新聞社 牧野愛博