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“Report” FromASAHI 第23回
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2009.09.26 "Report"from Asahi

"Report" FromASAHI 第23回

"Report"FromASAHI No.22「冬のソナタの裏側で」

 6月下旬、ソウルに行った。韓国軍と韓米同盟の取材だった。「今はとっても取材が難しいですよ」。出発前に韓国大使館の広報担当者に忠告された。在韓米軍の05年末までの一部撤退が決まったばかり。国防省も外交通商省もみんなピリピリしていた。出発前の取材申請では、軍にも国防省にも、その傘下の国防研究院にさえも、取材を断られた。

 ソウルに着いたら、今度はイラクで貿易会社員の韓国人が殺された。夕食を一緒にした東亜日報の記者2人の携帯には頻繁に電話がかかってきた。「もう、みんな泊まりこみですよ」。韓国で一番酒が好きなのはマスコミ、と言われるぐらいなのに、彼らは酒を断って、食事もそこそこに張り番をさせられている外交通商省の建物に消えて行った。

 翌日、街のあちこちで反米・反政府集会が始まった。朝日新聞ソウル支局が入る東亜日報本社のそばで、若い人たちが歩道に座り込んでいた。周りは取り締まりの機動隊で一杯。「韓国も自由になりましたよ。15年前なら、こんなことは出来なかった」。一緒に昼ごはんを食べた韓国政府の友人はこう言って苦笑いした。

 ヨイドにある国会議事堂敷地内の議員会館に出かけた。韓米同盟維持派の国会議員に話を聞くのが目的だった。議員は「今日、あなたも含めてインタビューの申請が3件あった。でも、韓国メディアの2件は断った」と言う。理由を尋ねたら、「新米・親日派議員の〇〇様」という申請書が来たからだという。

 原因は6月半ばに日本大使館が主催した「防衛記念日パーティ」にあったらしい。パーティは毎年、7月1日の防衛2法施行記念日の前後に開かれる。今年は「自衛隊誕生50周年」ということもあり、話題を呼んだ。この国会議員が会場のホテルに出かけると、マスコミのカメラがフラッシュを浴びせかけた。思わず引き返す人、顔を隠す人、堂々と入場する人。近くでは挺身隊(従軍慰安婦)問題の抗議団体が気勢を上げていた。翌日から、パーティ出席者の公職追放を要求する運動が始まった。日本大使館は「害が及ぶといけないから」と、出席者の公表を控えている。

 夜、40代の友人2人と食事をした。一番の年長者は「若い人に意見すると、すぐに"あなたは徹底的に反共教育を受けているから、そう考えてしまうのだ"と攻撃されるんだ」と苦い顔をした。別の友人は「だが、若い彼らの言いたいことにも耳を傾けなければ。彼らも韓国人だ」と話す。

 夜10時。遅れてきた知人の女性編集者1人を加えて、ビール・バーに行った。昔はどぶろくと焼酎が主力だったソウルの酒場も、こんな酒場が珍しくなくなった。この女性は「ねえ、日本でヨン様っていうけど、あれは発音がちょっと変よね」と言い出した。ハングルには"ン"の発音が2通りある。日本人にはちょっと難しい。「ああ、そういえば、日本では冬のソナタがブームだった」と、急に思い出した。

 そうだそうだ。日本と韓国はこんなに近くなったんだっけ。女性編集者はビールを一口飲んで追い討ちをかけてきた。「あなたが珍しいのよ。日本の記者は最近、冬のソナタの取材ばっかりよ」

朝日新聞 牧野愛博