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テレフォン説法第33回
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2009.12.22 テレフォン説法

テレフォン説法第33回

 テレフォン説法第三十三回(昭和五十九年九月)

 

 テレフォン説法第33回をお送りします。

阿弥陀経に出てくる「共命鳥(ぐみょうちょう)」。命を共にする鳥と書きます。これは奇妙な鳥で、一つの胴体に頭が二つあります。この鳥が極楽浄土ではいい声で歌を歌っているといいます。

 その昔、この共命鳥が昼寝をしていたとき先に目をさました頭が、自分だけで周囲にあるおいしい木の実をみんな食べてしまいました。

 あとから目をさました頭は、いいご馳走は既に全部食べられてしまったことに腹を立て相手を苦しめてやれと思って、毒の木の実を食べました。すると胴体は一つですから、毒が身体にまわって、二つの頭はもがき苦しんで危うく命を落とすところでした。以来お互いに心を入れ替え、仲よく暮らしているといいます。

 私どものまわりを見廻すと、このような共命の鳥が沢山います。

 労使の交渉が決裂、ストで何百万人の足が奪われたとか、国会で与野党が対立して審議がストップしたとか、親と子の断絶とか、どれもこれも、みな共命の鳥で、頭は別でも胴体は一つです。

 

 タンポポや 幾日ふまれて 今日の花

道端に咲く一輪のタンポポの花でさえ、一年間の厳しい暑さ寒さにヂッと耐え、花を開くまでには、どれだけ多くの人に踏みつけられたことでしょう。

 「よく耐える者こそ、よく育つ」と言いますが、昨年、宮城県で行われた陸上自衛隊の入隊式では、わづか40分の式典で、四百人の内、十六人が倒れたといいます。これで専守防衛ができるかと心配です。今の社会で欠けているものの一つは、耐える力、耐性です。精神的にも肉体的にも弱いようです。

 毎週一回、私は沼津から静岡へ通っていますが、その途中のことです。

 沼津の次の原駅で、若いお母さんが三歳くらいの男の子を連れて乗ってきました。この列車は朝の通勤電車で満員です。男の子は自分の座る席がないので、トタンに大声で泣き出しました。見かねて私は席をゆずろうと立ち上がると、その若い母親は「けっこうです」といって断り、泣いている子をあやすことも叱ることもしません。私はせっかくの人の好意を無にしてと、少々不愉快でした。

 それから二つ目の吉原の駅で隣りの人が降りたので、その母親はやっと泣きやんだ子供を膝にして座り、私にこう申しました。

 「さきほどは済みませんでした。この子は家で皆から大事にされて、どんな事でも自分の思い通りになるクセがついています。この四月から幼稚園に行くのですが、これではとても友達とうまく行く筈がありませんので、わたしだけの時はわざと冷たくしております。さきほど折角ご親切に言って下さったのに、大変失礼しました。」

今どき珍しいシッカリした人だと感心しました。

 これは何も子供だけのことではありません。四苦八苦は人生の常であります。それを切り拓くためにも、雑草のような強さ、逞しさを必要とします。

 「若い時に流さなかった汗は、年をとってから、後悔の涙となって出る」と申します。